日米戦争開戦、敗戦の昭和の悲劇は、
統帥権の独立が原因の一つで、デフレの長い深刻な不況で苦しんだ平成の悲劇も、日本銀行の独立が原因の一つ。学問の独立や学術会議の独立を主張する人たちに要注意です。
【昭和の悲劇‐陸海軍、統帥権の独立】
総理大臣は、日本の政治のリーダーですが、
総理大臣が指導力(リーダシップ)を発揮できず、
政治や組織を統制(マネージメント)できない場合、日本人は悲劇を見ることになります。
第二次世界大戦前は、日本では、統帥権の独立が拡大解釈され、
国家が軍部を支配するはずが、軍部が国家を支配するような自体となり、
国民のためのに奉仕する軍でなく、軍のために国民が奉仕することが強制されました。
統帥権の独立から、満州事変や日中戦争(日華事変)など、軍の独善的な行動が多くなり、軍を抑えて、中国政府と和平を実現できる政治家は現れず、最終的に日本は、
米国との戦争に追い込まれ、ソビエト連邦も参戦し、世界中を敵にして、米国などの連合国に敗れることになります。なお、余談ですが、連合国に降伏したイタリア、ドイツも、日本に宣戦布告しており、文字通り、終戦当時は世界中を敵に回してしまったのです。
日本の代表的な保守論客であった故 渡部 昇一 氏も、
などで、
共産主義の脅威、陰謀や欧米の人種差別問題など外的な問題に対して、日本が、統帥権の独立という日本の内的な問題が原因が、うまく対応できずに、
日本の敗戦につながる悲劇を招いたと主張しています。
【統帥権の独立に軍も苦しむことに】
統帥権の独立のために、陸軍と海軍は、それぞれ台頭で独立されているとされ、
海軍と陸軍は統合した効果的な戦略、作戦を実行できず、
最終的に日本軍は、米国を中心とした連合軍に敗北しました。
陸軍出身で、陸軍大臣から総理大臣になった東条秀樹にすら、
統帥権の独立から、軍の重要な情報は報告されず、陸軍をコントロールできませんでした。
総理大臣と陸軍大臣と参謀総長を兼務するようになったのは、
陸軍をコントロールし、効果的な戦争指導をするためでした。
外務大臣や軍需大臣、文部大臣、商工大臣もを兼務して、
政治と陸海軍が一体となった戦略、政治、一元的な統帥を東条秀樹を試みますが、
統帥権の独立、それを制度的に支える陸軍海軍現役武官制から、
海軍大臣は兼務できず、海軍をコントロールはできません。
軍部自体が、統帥権の独立に苦しみ、滅びる事態となったのです。
もし、総理大臣が、軍のトップ、陸海軍大臣、陸軍参謀総長、海軍軍令部総長に対して、人事権があり、人事権を利用して
指導力を発揮して、軍を統制(マネージメント、コントロール)できたら、
日本は、あのような戦争の惨禍、悲劇をみることなかったかもしれないのです。
では、陸海軍の独立といった制約の中で、総力戦の指導者として奮闘する東條の実像を、その発言や行動に基づき明らきにしています。
なお、戦前の反省を生かして、
日本国憲法では、第68条
内閣総理大臣は、国務大臣を任命する。但し、その過半数は、国会議員の中から選ばれなければならない。内閣総理大臣は、任意に国務大臣を罷免することができる。
と規定され、
自衛隊法第7条では内閣総理大臣が自衛隊の最高指揮監督権を持つとして、
総理大臣の指導力(リーダシップ)が発揮しやすいようになっています。
しかし、大臣すら任命罷免できる総理大臣ですら、人事権を行使できない独立した行政組織があるのであれば、それは民主的な国家のガバナンス(誰がどの組織を統治するのべきか)に大きな問題が発生します。
【平成の悲劇 日本銀行の独立から】
で、『バブル崩壊と「失われた30年」の暗い時代に停滞し、沈んだ日本。日銀と財務省の誤った金融・財政政策が、日本経済を繰り返し破壊した。経済大国の常識は根底から崩れ去り、デフレの長いトンネルとリーマンショックで14万人の自殺者を生んだ正体は「政府・日銀不況」だった』と 上念 司氏は日本銀行を強く非難しています。
独立とした組織とされた日本銀行が、政府と協調しない独善的と思われる政策、が、平成のデフレ不況が、失われた10年、20年、30年と言われた日本の停滞を招いたと主張しています。
金融引き締めによるバブル潰しで、その後の長いデフレを原因をつくった
三重野 康(みえの やすし)、
政府が反対するゼロ金利の解除、円高を肯定的に考えて、円高を容認して
デフレの長期化、深刻化をさせた速水 優(はやみ まさる)、
早すぎる量的金融緩和の解除、ゼロ金利解除で
日本経済の回復を遅らせた福井 俊彦(ふくい としひこ)、
欧米のような大規模な金融緩和を実施せず、極端な円高を招き、リーマンショック後の不況を
深刻化させた白川 方明(しらかわ まさあき)
と
いずれも時の政権、与党と連携せずに、独善的と思われるような金融政策で、
平成の長いデフレ不況の原因をつくったと批判しています。
そして、平成の長いデフレ不況から脱出するのは、
日本銀行総裁に黒田 東彦(くろだ はるひこ)氏が就任し、
大胆な金融政策(デフレ対策としての量的金融緩和政策、リフレーション)
を掲げる安倍内閣の政策を忠実に実行したときからでした。
【令和の悲劇はあってはいけない】
菅義偉首相が、日本学術会議の6人の新会員を任命拒否したことへ
「学問の独立」「学術会議の独立」だと批判されいますが、
学術会議の会員(非常勤の公務員)にすら、人事権を発揮できないような総理大臣を
容認するようであれば、昭和、平成の悲劇のような事態が令和で再現されるかもしれません。
は、菅義偉首相の著書です、2012年に刊行した単行本の新書版ですが、
実は、単行本当時は、「政治家の覚悟」はその時のサブタイトルで、
メインタイトルは「官僚を動かせ」でした。
政権の決めた政策の方向性に反対する省庁幹部は「異動してもらう」と官房長官当時に
主張していましたが、
民主的に選任され総理として、
人事権も利用し、官僚を動かし、学術会議問題の批判に憶することなく、強いリーダーシップを発揮して、国民の負託に応えてほしいです。
以上です。