嘘だらけの日露近現代史 (倉山満著)の要約や所感など【第1章 ロシアの正体】

 

に続けて、

嘘だらけの日露近現代史 (扶桑社新書) を読んで、章毎に要約や所感などを記載します。

 

  

今回は「第1章 ロシアの正体」の章です。

嘘だらけの日露近現代史 (扶桑社新)

嘘だらけの日露近現代史 (扶桑社新書)

  • 作者:倉山 満
  • 発売日: 2016/03/01
  • アメリカ、中国、韓国が「文明」を理解できない国だとするならば、ロシアは「熟知したうえで破る」国。殺戮、粛清、謀略――血塗られたヨーロッパ史において何度も這い上がってきたサバイバル術とは? 一度の敗戦で70年も敗戦国のままにされている日本にとって、学ぶべきヒントはロシアにあった

 

第1節 「ロシアの正体」 文明を熟知して破る

 

〇ロシアは文明、国際法を熟知したうえで破る。破るために熟知する。

〇ロシアの法則

一、何があっても外交で生き残る。

二、とにかく自分を強く大きく見せる。

三、絶対に大国相手の二正面作戦はしない

四、戦争の財源はどうにかしてひねりだす

五、弱いやつはつぶす

六、受けた恩は必ず仇で返す

七、約束を破ったときこそ自分を正当化する。

八、どうにもならなくなったらキレイごとでごまかす。

 

第二節 「タタールの軛(くびき)」―モンゴル人のパシリ時代

 

 タタールの軛(くびき)は、モンゴルの軛(くびき)と言われ、13世紀前半に始まったモンゴルのロシア侵攻とそれにつづくモンゴル人(モンゴル=タタール)によるロシア支配を、ロシア側から表現した用語です。

くびき(軛、衡、頸木)とは、牛、馬などの大型家畜(輓獣)を犂や馬車、牛車、かじ棒に繋ぐ際に用いる木製の棒状器具です。

2頭の牛をつなぐくびき

2頭の牛をつなぐ軛(くびき)

モンゴルのロシアの支配は、軛(くびき)のように強固で、ロシアは隷属的な専制的な支配を受けていたそうです。ロシアの専制体制は、モンゴルの支配の影響を受けているこは確かなようです。

 

第三節「モスクワ大公国」 - まだアジアの田舎者

Wikipediaの記載によるとイヴァン3世は

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イヴァン3世ヴァシーリエヴィチ(ロシア語:Иван III Васильевич;ラテン文字転写の例:Ivan III Vasilevich, 1440年1月22日 - 1505年10月27日)は、モスクワ大公(在位1462年 - 1505年)。大帝、暴帝とも言われる。

ヴァシーリー2世とセルプホフ公ウラジーミルの孫娘であるボロフスクの公女マリヤ・ヤロスラヴナの長男。イヴァン大帝(Иван Великий)の異称で知られ、ルーシ北東部を「タタールのくびき」から解放し、モスクワ大公国の支配領域を東西に大きく広げて即位時から4倍増とし、強力な統一国家を建設した名君と評価される。

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と解説されていますが、

嘘だらけの日露近現代史 (扶桑社新書) では、

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イヴァン3世の生涯を一言で表せば、「周辺諸国を片っ端から併合」です。そして、イヴァン3世はツァーを名乗ります。ツァーは通常、皇帝と訳されます。自他共に認める東ローマ帝国の後継者となったということです。

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と解説されています。

イヴァン3世の後のヴァシーリー3世、その後のイヴァン4世と名君が続き、ロシア、当時のモスクワ大公国は勢力を拡大していったのです。

Wikipediaの記載によるとイヴァン4世は

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イヴァン4世(Иван IV Васильевич / Ivan IV Vasil'evich、1530年8月25日-1584年3月18日 / グレゴリオ暦3月28日)は、モスクワ大公(在位1533年 - 1547年)、モスクワ・ロシアの初代ツァーリ(在位1547年 - 1574年、1576年 - 1584年)。イヴァン雷帝(Иван Грозный / Ivan Groznyi)という異称でも知られる。当時の表記はヨアン4世またはイオアン4世(Иоан IV / Ioan IV)、しかし当時発行された貨幣には、 Иван 又はIванと表記された。ヴァシーリー3世の長男、母はエレナ・グリンスカヤ。また、後のソビエト連邦で最高指導者となるヨシフ・スターリンにも影響を与えた。

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と解説されていますが、

嘘だらけの日露近現代史 (扶桑社新書) では、

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 暴君ぞろいのロシアの中に放り込んでも、特に苛斂誅求秋霜烈日の性格を有していたので、こう呼ばれています。有名なのが、皇帝直属秘密警察オプリーチニナを創設したことです。富裕な大貴族を次から次へと暗殺し、その所領を奪っていく恐怖政治の主体です。

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と  イヴァン4世を解説しています。

  
苛斂誅求:税金
や借金などを容赦なく厳しく取り立てること。▽「苛」はむごい、また、責め 立てる意。「斂」はおさめる、集める意。「誅」は責める意。

秋霜:秋の霜が草木を枯らすところから》刑罰・権威の厳しさや意志の堅さなどのたとえ。

烈日:激しく照りつける夏の太陽。また、その光。

といった意味ですが、イヴァン4世、恐るべし皇帝という印象ですが、とにかく、 イヴァン3世から イヴァン4世の時代に、ロシア、モスクワ大公国は、領土を広げ、大国としての実力を世界史に影響を与えるようになったようです。

 

なお、 イヴァン3世から イヴァン4世の時代は日本では室町時代から戦国時代の頃です。当時は、銃が開発され、普及した時代です。イヴァン4世の兵士は、ヨーロッパから輸入された銃を利用していたそうで、銃が、モンゴル帝国の後継国家の遊牧民の国家、キプチャク・ハン国、アストラハン・ハン国、カザン・ハン国と戦争に活躍したそうです。銃が発明で、遊牧民族がその軍事的優位性を失い始めた時代の流れですね。

そういった銃の登場による時代の変化は、

北方の原形 ロシアについて 司馬遼太郎著 (文春文庫)といった本でも解説されています。

 

ロシアについて 北方の原形 (文春文庫)

ロシアについて 北方の原形 (文春文庫)

  • 作者:司馬遼太郎
  • 発売日: 2017/04/21
  • 「ともかくも、日本とこの隣国は、交渉がはじまってわずか二百年ばかりのあいだに、作用と反作用がかさなりあい、累積しすぎた。国家にも心理学が適用できるとすれば(げんにできるが)、このふたつの国の関係ほど心理学的なものはない。つまりは、堅牢な理性とおだやかな国家儀礼・慣習だけでたがいをみることができる(たとえば、デンマークスウェーデンの関係のようになる)には、よほどの歳月が必要かと思われる。」(あとがきより)

    おもに日露関係史の中から鮮やかなロシア像を抽出し、将来への道を模索した、読売文学賞随筆・紀行受賞の示唆に富む好著。

 

 

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 以上です。